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横浜地方裁判所 昭和40年(ワ)125号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告会社が昭和三九年一一月八日開催の臨時株主総会においてなした、取締役渡辺喜代松を解任する、との決議を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

「一、被告会社は発行済株式総数三三、四八〇株の株式会社であつて、原告はその八、一六〇株を有する株主であり、かつ後記解任決議がなされるまで同会社取締役であつた。

二、被告会社は、昭和三九年一一月八日横浜市戸塚区上矢部町一八八〇番地において、臨時株主総会を開催し、当時同会社取締役であつた原告を解任する旨の決議(以下本件決議という)をして、同月一〇日その旨登記をした。

三、原告は本件決議に際し、前示所有株式及び原告を代理人として委任された被告会社株主渡辺鞠子(所有株式数二、四四八株)、同深川高明(同八一六株)、同〓原重満(同八一六株)の所有株式合計一二、二四〇株につき議決権を行使しようとしたが、議長金子真一は「原告は本件決議につき、特別の利害関係を有するから議決権を行使し得ない」として、議決権の行使を認めず、その余の出席株主五名(株式数合計二一、二四〇株)の賛成により本件決議がなされた。

四、しかしながら、本件決議は次の理由によりその方法が法令に違反しているから、取消されるべきである。

(一)  即ち、原告は商法第二三九条第五項にいわゆる特別利害関係人に該当しない。同法条の立法趣旨は、株主が総会の決議事項につき、株主たる資格と関係のない純個人的利益を有するときは、これを度外視して公正に議決権を行使するのが困難であるのに鑑み、議決権の行使を停止することにある。従つて特別の利害関係とは、特定の株主がその株主たる立場を離れて有する会社外の個人的利害関係の意味に解すべきである。

(二)  又取締役である株主が、取締役の地位を退くか否かは、株主として会社について有する利害関係そのものに外ならず、会社の機関である取締役の任免は、企業所有者である株主にとり最大の関心事であつて、当該取締役が株主自身である場合でも、株主たる立場を離れた純個人的利害関係事項ではあり得ない。従つて、取締役解任決議における当該取締役である株主は、その決議につき特別の利害関係を有するものではない。

(三)  実際問題としても、取締役である株主を利害関係人として、その議決権の行使を許さなければ、多数株式を有する取締役といえども、少数株主の恣意、専横により取締役の地位を追われることとなり、株式会社に関する重要事項は、企業所有者であり出資者である株主の多数の意思決定によるという、株式会社の基本原則に反する。

五、以上のとおりであるから、原告の前示議決権行使を認めず行われた本件決議には、商法第二三九条第五項の解釈を誤つた法令の違反があり、原告の議決権行使を認めれば本件決議成立に必要な議決権数は二二、三二〇株以上となり、本件決議は成立しなかつたこと明らかである。

よつて原告は商法第二四七条に基き、本件決議の取消を求めるため本訴に及んだ。」

被告訴訟代理人は答弁として、原告主張の請求原因事実を認め、更に次のとおり述べた。

「商法第二三九条第五項に定める、いわゆる特別利害関係人の範囲を狭く解釈することは、同法第二五三条が存在する以上、単なる立法論的見解に過ぎない。

株主総会における決議の公正を維持し、会社の利益を護るためには、一般の株主に平等に関係しないで、特定の株主の利害のみに特に関係する場合すべてを、特別利害関係人とすべきである。従つて取締役の解任は、特定人について生ずることであるから、その解任される者は解任決議に際し特別利害関係人となり、議決権の行使を認められぬこと当然であつて、本件決議において原告の議決権を排除したことは、何等法令の解釈を誤つたものではない。

よつて原告の本訴請求は失当である。」

(立証省略)

理由

原告主張の請求原因事実は当事者間に争いがなく、本訴が昭和三九年一一月八日成立した本件決議の日から三月内である昭和四〇年二月六日に提起されたことは、本件記録上明らかである。

しかして本訴の争点は、株主総会における取締役解任の決議に際し、株主たる当該取締役が商法第二三九条第五項に定める、いわゆる特別利害関係人となるか否かにある。以下この点につき審究する。

同条の特別利害関係人の解釈については、種々の見解が存するが、当裁判所は、株主総会における決議の公正を担保するため、決議によつて特に権利の得喪を生じ若くは義務の免除又は負担を生ずる立場にある者の如く、法律上特別の利害関係を有する者及びこれと経済的に一体の関係にある者を指称する、と解するのを相当とする。従つて、取締役解任決議における当該取締役たる株主が、特別利害関係人に該当するのはもとより、この者が代理人となつて他の株主の議決権を行使することも許されない、というべきである。

この点に関し原告は、取締役が会社の機関であることから、その任免は株主たる企業所有者の最大の関心事であつて、企業所有者の多数決により決せられるべきである、と主張する。しかし多数決原理は、公正な手続による保障なくしては実効を期し難く、株主たる地位と取締役たる地位とを併有している者が、自己の解任決議に公正かつ冷静な意見を表することは困難な事柄に属し、到底公正な決議の実現を望み得ない。かかる場合は当該取締役たる株主を除外して、他の株主の的確な判断を求めることが決議の公正を期するゆえんであつて、全企業所有者による単純な多数決原理は、決議の公正を実現するために修正されたものというべきである。

又原告は、かくては少数株主の恣意、専横を招来するというけれども、解任決議が少数株主の恣意による著しく不当なものである場合には、商法第二五三条による救済手段が存するのであるから、その主張もたやすく首肯し難い。

そうすると、原告において本件決議に対する他の取消事由の主張立証がない以上、本件決議の方法に法令違反があつたとは認められないから、原告の請求は失当であり棄却を免れない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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